学習
学習に関しては、気持ちはともかく、実際には我が家は十分サポートできていなかったので、もう少し何とか出来たらよかったかも、と感じています。新5年生の時に入塾して、その夏ぐらいまではほとんど放置していましたが、5年の夏期講習時にこれではあまりよろしくないと思って、家庭で学習計画管理も少しするようにしました。このあたりのことは、中学受験についてこのブログで書き始めたときに書いた通りです。
日能研の公開模試偏差値は、5年の平均がだいたい55ぐらい。6年の平均がその+9程度でした。と考えると、よく6年の年間偏差値を「持ち偏差値」と言ったり、6年の模試の最高、最低の範囲で志望校をまとめましょうというアドバイスがありますが、我が家の受験結果から考えてもそれは妥当だと思います。
過去問について
我が家は、始めるのが遅くて、10月ぐらいに最初の過去問をやりましたが、ぼろくそで、第一志望校の過去問で受験者平均点を超える点が出始めたのが1月になってからでした。その後も、受験者平均を割る点しか取れない年も多く、最後まで不安でした。豊島は、1回の合格最低点は過去問で取れるようになっていましたが、2回、3回は、ぎりぎり合格程度だったので、1回の不合格を見たときには親としては、「ああ、残念だ。。。」と正直思いました。これらの学校の過去問は、最終的には10回分程度をやりました。
1月の淑徳与野、明の星、渋谷幕張については、それぞれ3回分程度をやって本番に臨みましたが、どの学校についても合格点には毎回達していました。特に、渋谷幕張は、R4偏差値からするとチャレンジなのですが、過去問からすると毎回余裕がありました。これは、社会理科の重みが他の学校と比べると重めで算数の弱い娘の弱点をカバーしてくれていたのかも、で、本番入試でもそれぞれ合格をもらえました。
併願校の組み立てについて
塾のアドバイス通り、娘の模試偏差値の範囲から受験校を選定しました。1月については、2月受験校が女子校が多いと考えられたので、女子校連戦ができる淑徳与野・明の星と、娘がなぜか受けたさそうにしていた渋幕を選択しました。2月校は、豊島はチャレンジなので、全落ちに備えて1日午後と2日午後に受験校を設定しましたが、体力・精神力的に、2月受験は非常に大変で、1日の午後受験はもっと楽に移動できるところを選んだ方が2日の受験に良かったのかもしれませんが、受験校は行ってみたい学校でないといけないので、現実には他の組み方は難しかったと思います。2日午後は出願はしていましたが、2日の豊島であまりに疲れた感じだったことと、1日のフェリスが合格していましたので、受験をあきらめました。
受験が終わって
子どもはさっさと、学校に戻っていきました。切り替えが早い!親は、なんだか急に終わっちゃった感じで、心にぽっかり穴が開いたままです。仕事もずいぶん休ませていただいて、滞っているのですが、仕事に気持ちがまだ戻ってきていません。明日から大丈夫かな。。。